1Take Support

Support page for 1Take - Audio Recording App for Musicians

1Take
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はじめに

1Take開発者です。これまでコンプやLUFSといった「音の出口」の話をしてきましたが、今回は録音の原点、iPhoneの内蔵マイクという最大のブラックボックスにメスを入れます。

「なぜiPhoneの録音は、録るたびに質感が違うのか?」「なぜ公式にはフラットだと言いつつ、現場ではハイが落ち、ローが不自然にカットされていると感じるのか?」 Appleがドキュメントの裏側に隠している仕様と、機種ごとに異なるマイク配置の「迷宮」、そして1Takeがそれらをどうやって「音楽機材」へと調律したのか。その技術的格闘の記録を共有します。


1. Appleの「フラット」という大義名分と、物理的な現実

Appleのデベロッパー向けドキュメントには、iPhoneのマイクは「極めてフラットで高忠実なレスポンスを提供する」と誇らしげに書かれています。

“iPhone microphones are designed to provide a flat frequency response…”

しかし、エンジニアが実測すると、そこには意図的な加工の跡がはっきりと見えます。

謎1:100Hz以下の「空白」

iPhoneマイクには、筐体の振動(ハンドリングノイズ)や風切り音を排除するため、OSレベルで強力なハイパスフィルタ(HPF)が常駐しています。これが「iPhoneで録ると音がスカスカになる」正体です。

謎2:プレゼンス領域の「加工」

通話の明瞭度を上げるため、4kHz〜8kHz付近に位相のゆらぎを感じることがあります。これは多機能マイクによるビームフォーミング(指向性制御)の副作用です。

1Takeでは、これらを「Measurement Mode」でバイパスし、Appleが本来持っている「剥き出しの素性」を可能な限り引き出しています。


2. AGC(自動利得制御)という名の「お節介」との決別

なぜiPhoneには、標準で「Input Trim(感度調整)」がないのか。 それは、iOSがAGC(Auto Gain Control)という「誰が録ってもそこそこの音量にする」自動調整を大前提としているからです。

音楽家にとって、AGCはダイナミクスを破壊する天敵です。 音が小さければ無理やり持ち上げてノイズを増やし、大きければ不自然に叩く。この「勝手に動くゲイン」を殺さない限り、1176やLA-2Aのシミュレートなど不可能です。

1Takeによる「独自Input Trim」の実装

1Takeは、OSのゲイン調整に頼らず、内部の浮動小数点演算(Float32)による独自ゲインステージを構築しました。

AVAudioEngineの最上流でキャッチした生の信号を、vDSP(SIMD最適化)を用いてリアルタイムでスケーリングします。これにより、マイクが拾ったエネルギーを、コンプが最も「音楽的に」反応するスイートスポットへ正確に送り込むことが可能になったのです。


3. 機種ごとの「マイク配置」という迷宮

iPhoneの開発において最も頭を悩ませるのは、機種(Pro / Max / 標準)や世代によって、マイクの物理配置と「どれがメインマイクか」がバラバラだという点です。

Pro Maxシリーズの「上下反転」問題

特に厄介なのが、iPhoneを横持ち(ランドスケープ)にした時の挙動です。

通常のビデオ撮影: 画面の向きに合わせてステレオ感が入れ替わります。

1Takeの対応: 1Takeでは、加速度センサーとAVAudioSessionのポート情報を常に監視しています。 iPhone Pro Maxを左右どちらに回転させても、「常に底部(Lightning/USB-Cポート側)のマイクを主軸」にするのか、あるいはステレオ録音時に「LRを正しく位相反転させて整合性を保つ」のかを、内部で自動判定しています。

これがもしAndroidアプリだったら……と思うとゾッとします。Androidは機種ごとにマイクの数も性能も特性も千差万別で、このレベルの「機材としての精度」を担保するのは、おそらく一人の個人開発者の手に負える範囲を超えてしまうでしょう。iOSという「閉じた宇宙」だからこそ、1Takeはここまでストイックにマイクを制御できるのです。


4. Input Trimが「音楽」を変える

「録った後に上げればいい」というのは、デジタルの発想です。 エンジニアの発想は、「コンプレッサーをどれだけドライブさせるか」にあります。

1TakeのTrimノブを回すことは、真空管アンプのインプットゲインを上げるのと同意です。

この「突っ込み具合」を演奏前に自分で決める。このプロセスこそが、あなたのiPhoneを「スマホ」から「レコーディング・コンソール」へと変貌させます。


おわりに:ブラックボックスを「相棒」に変える

iPhoneのマイクは、OSという名のカーテンに包まれた、非常に優秀な「楽器」です。

1Takeはそのカーテンを剥ぎ取り、Input Trimというハンドルをあなたに返します。 「フラットな特性」という言葉を本当の意味で信じられるように。そして、機種ごとの違いを意識せず、ただ「音」に集中できるように。

次の録音では、Trimノブの指先に伝わる「重み」を感じてみてください。 その先には、ボイスメモでは決して辿り着けなかった、クリスタルな解像度の世界が待っています。